【書評】the Deficit myth-S.ケルトン著
話題にはなったけど、知ってるようで知らないMMT(現代貨幣理論)。
私も「財政支出のため中銀がお金を刷るインフレ政策。財政ファイナンスのすすめ」ぐらいに思っていました。
本を読んで驚いたのは、MMTが最大とリスクとするのはインフレという部分です。
政府債務を中銀が間接的に支える日本の政策を正当化するものでは決してありません。
トンデモな部分もありますが、一読の価値はあるかと思います。
目次
Deficit myth(負債神話)とは?
政府の財政健全化はお題目のようになっています。
政府も家計と同様、限られた予算の中でやりくりすべしというのは当然に聞こえます。
一方、MMTは
「家計と政府を一緒にするな!」
「不換紙幣を発行できる政府は破産しない!お金の心配をするな!」と大胆にも言い切ります。
そして「政府負債は悪」とする考えを根本的に否定します。
以下、主な考え方を見ていきます。
1.政府は貨幣の需要者ではない
本書を通じて核となるのがこの考え方です。
家計の場合、税金や保険料、日々の生活費等の支払いのためお金を稼ぐ必要があります。
つまり家計は貨幣の需要者です。
一方、政府(=中銀)は貨幣を発行する権限を持ちます。
理論上は無限に貨幣を発行することができます。
つまり政府は貨幣の供給者です。
※金本位制など紙幣に裏付け資産が必要な場合は除きます
政府は貨幣を発行できるのだから、財政支出を賄うための資金にあくせくするのはナンセンスだと指弾します。
2.政府の負債=国民の余剰
インフレを引き起こさない限り、政府の負債は善だと説きます。
その心は「政府の負債・支出は国民の懐をうるおす」というもの。
政府が調達や公共投資を行えば、それは国民の所得を押し上げます。
国全体で見れば、政府が1兆円支出すれば、国民の財布に1兆円が入る、いわばゼロサムゲームです。
MMTの下では、政府は自由に1兆円を作り出すことができるため、政府債務が国全体をプラス・サムゲームに。
3.税金の役割は?
それなら「税金は不要では」との疑問がわいてきます。
MMTはこれにも答えています。
MMTの下での税金の役割は
①経済の過熱を防ぎインフレを抑制
②「稼ぎすぎ」を税で是正し平等な社会を実現
本書でより重視しているのは②。
金持ちや大企業は、ロビー活動を通して政治に影響を与えます。
経済のルールを自分たちのいいように書き換えてしまうのです。
特に新自由主義的な政策の下、減税や規制緩和により経済のルールが一握りの富裕層に左右されています。
税は政府支出を賄う手段ではなく、一票の格差の是正・社会の安定化のために不可欠であると強調します。
4.財政政策の限界は「財源」ではなく「インフレ」
私が誤解していたのがここ。
MMTは財政ファイナンスによる野放図な財政支出を正当化するものではありません。
上記の通り、MMTの下では、資金の面で政府が苦境に陥ることはありません。
財政政策の限界は完全雇用を超えた超過需要の創出、つまりインフレです。
MMTでは、インフレが最大の悪者です。
この部分は本書を読むまで知りませんでした。
MMT=インフレ的な政策という勝手なイメージを持っていたことは反省です。
5.インフレ抑制のための財政支出
インフレ抑制策として以下の点を提示しています。
①税制による需要側の抑制
②財政支出による供給側の強化
「政府による雇用保障」というアイデアで②を強調します。
現代社会は多くの面で供給制約を抱えています。例えば・・・
・医師や看護師不足による医療サービス
・補修・改修されない道路や空港等の公共施設
・予算削減による公務員削減と公的サービスの劣化
・過少投資による進まない環境対策 etc
最近のインフレも老朽化した港湾施設等、供給面のボトルネックが一因です。
供給力を強化することで、需要の増加を吸収し、インフレを抑制できるとMMTは主張します。
また、雇用保証が、不況のダメージを和らげる安定装置として需要面の安定化にも寄与します。
加えて、現在のFRBは「完全雇用」を「失業率」で計るという矛盾をはらんでいると指摘しています。
物価の安定というもう一つの目標のため、一定程度の失業者が犠牲になっているとの指摘です。
雇用保障により、FRBのターゲットを越えて、失業率を限りなくゼロに近づけることができると説きます。
素人目線の反論
税金の大切さや公共投資による供給面の改善という点はその通りです。
「政府債務が問題とならない」というのが誤りなのは、歴史を見ても明らかです。
素人なりの反論を提示してみます。
1.通貨安のリスクを過小評価
政府が無制限に通貨を発行すれば、その信認が揺らぎ、通貨安・インフレを引き起こします。
MMTでは、通貨安が起これば、当該国の資産が割安となり、
海外からの投資が増えるため通貨安による影響を相殺すると主張しています。
特に日本や英国等MMTを実践する素地のある先進国は、優れた産業を持っているため、
上記のようなフローによりインフレを防げるとのこと。
これはミスリードです。
通貨安になれば国内でインフレ圧力が高まり、内需企業の収益は圧迫されます。
日本のように資源の多くを輸入に頼る国ではなおさらです。
すると体力のある企業は海外に移転し、国内企業は収益力が衰えます。
加えて、通貨安により、投資国側の通貨ベースで見れば受取配当等も目減りします。
投資が増えるとは思えません。
2.政府雇用保障による労働者のミスマッチ
不況時に政府が雇用を保証するというのは財政政策として有効です。
賛否はあれど、パンデミック下でも雇用助成金が一定の役割を果たしました。
MMTでは、不況期に雇用を保証することで、労働者のスキルを維持し、
経済が好転した際に民間部門への優れた労働者の供給を可能にすると説きます。
しかし、雇用状況が改善し、一気に民間部門への労働者の移転が起こるとどうなるか。
公共サービスの側がズタボロになるのではないでしょうか。
無理に公共サービスの側に人をとどまらせようとすると、それこそ民間部門の活力を削ぎ、
いわゆるクラウディングアウトが発生します。
3.人の理性を過大評価
最大の問題はここにあると思います。
貨幣を発行して、それがすべて公共サービスの向上につながれば問題ありません。
しかし、どこにお金を使うかを決めるのは政治家や官僚等の人間です。
そして予算が無限だと思えば無駄遣いするのが人の性。
日本の財政規律のゆるみが顕著なのは、日銀が無制限に国債を購入していることに起因するのは明らかです。
そして、予算の多くが、MMT流に使われていないのも、政府会計をみれば明らかではないでしょうか。